春にして君を離れ アガサ・クリスティ
ミステリの女王が描く夫婦模様はやはり一味違うものであった。
この本の面白みは自己との対話による大きな変化とそれと対比して停滞する現実のコントラストであると思った。
主人公のジョーンは一人での退屈な旅程を経て、普段は意識することのなかった自身について顧みることによって、一般的な価値観に従うのみで、家族の気持ちを汲み取ることもせずに過ごしてきた自身の姿をみる。自分はできた妻であり、母であると思っていたジョーンにとっては衝撃的であった。家族にとっての癌は自身ではないか、と思い立ち心を入れ替える決意をするも、その決意は日常に溶けて消えてしまう。
日常生活や、習慣というのは恐ろしいもので、自身を本当の課題から遠ざけてしまう。あんなに内省し、自身の行動のすべてが過ちにまみれていたと気づいたのにも関わらず変われない。
何もしない時間というのは新たな自分を発見するいい機会なのかもしれない。そのとき感じ取った直観や気づきを日常に溶かしてしまわないように意識して生きていなかければと感じる一冊だった。